キュレーションの時代   佐々木俊尚

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)
佐々木 俊尚
筑摩書房
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キュレーションの派生語であるキュレーターというのは、博物館や美術館の学芸員のこと。キュレーターは、素人にはうまく理解できない展示物の意義や背景を、訪問者に分かりやすく説明し、理解させる役割を担っている。

本書は、このキュレーターのように、ネット上の膨大な情報の海の中で、価値の高い情報だけを拾い出し、分かりやすくユーザーに説明する「キュレーション」の意義が、かつてなく高まっていると説く。

つい最近まで、ネットで情報を得るには単に検索すればよかったが、ネットで商売をしている利害関係者の一部(大半?)がSEO(検索エンジン最適化)の技術を逆手にとって悪用し、価値の低い情報を上位表示させることに一定の成功をおさめたため、普通に検索しているだけでは価値の高い情報を得ることが難しくなっている。

また、もともと情報の洪水のようなネットの世界で、自分が求める情報を探し出すことは難しいこともあり、たしかにキュレーションの役割が大事になってきているのかもしれない。そういうキュレーション専門のサイトも、たしかに最近徐々に増えてきている。

ネット上の情報の流通の仕方は、単に量的な拡大だけでなく、質的拡大という特徴も現している。たとえば、ネット創生期には、情報は普通のコンテンツの形式をとって流通していたが、10年くらい前からブログやメルマガによる流通経路が隆盛を見せ、最近ではフェイスブックやツイッターのようなソーシャルメディアでの流通頻度が増えている。

この現状は、情報の消費者にとっては、ますますキュレーションを必要としていることになるし、情報の生産者(業者など)にとっては、いつどこに情報を流せばお客さんを捕まえられるか分からないという困惑を生んでいる。

そういう意味で、キュレーションの意義がますます高まっていることは事実だと思うが、キュレーションする人や企業の側にも能力の差があったり、特定の利害関係を背負っていることもあるわけで、どこまでキュレーションが社会的認知を受けられるかは現時点では未知数という感じ。

それでも、現在のネットの方向性を具体的に分かりやすく「キュレーション」した本書は必読の価値があると感じました。

 

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英仏百年戦争  佐藤賢一

英仏百年戦争 (集英社新書)
佐藤 賢一
集英社
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日本という国は、民族の境界線と、国家の境界線(国境)がほぼ一致しており、しかもその状態が有史以来ずっと固定したままの非常に稀な国である。たしかに、先の大戦では朝鮮半島から中国の一部、モンゴル、東南アジアの一部までも軍事占領していたが、その広い版図を日本の領土と認めた他国は少なかったし、その期間は短期間で終わった。

しかし、世界を見渡すと、民族の境界線と国家の境界線が一致していないケースの場合のほうが多数派で、しかもその境界線は互いに流動的に変化している場合のほうが多い。

だから、本書で語られている事実は、世界の多数派の人々にとっては当たり前のことで、日本以外の国で本書が語っているポイントがネタになることもなかったように思う。しかし、多くの日本人にとって、本書で語られているポイントは、驚愕の事実以外の何物でもない。

英仏百年戦争というのは、世界史の授業では、読んで字のごとく、「イギリスとフランスが14-15世紀の百年近くにわたって戦った戦争」として教えられている。

しかし事実は、「イギリスを占領していたフランス王家と、フランスにあった別のフランス王家が戦ったフランスの王家間の戦争」であり、本書はその内実を丁寧に、かつ非常に読みやすく解き明かしている。

この背景を理解するには、11世紀に成立したノルマン朝は、現在のイギリスの領土をフランスの王家が軍事占領して打ち立てた王朝だという英仏関係の起点を押さえておく必要がある。

そして、その後のイギリス政府の公用語もしばらくの間はフランス語だったことなど、基本的にフランスがイギリスを数百年にわたって仕切っていた事実を押さえておく必要がある。

ちなみに、本書の論点と直接関係ないが、イギリス王家の先祖を今から約300年ほどさかのぼり、現在のエリザベス女王の先祖をたどると、ドイツ人の王様に行き着く。彼は英語をしゃべれないまま、今のドイツの地からイギリスへ渡り、イギリス王に就いた。

こういうことは、いまのアフリカの地域紛争などでは、頻繁に起きているようだ。だから、こういう話を頭を混乱させずに理解できる柔軟な頭脳が、現代の様々な国際紛争の背景を理解する上でも大切だ感じました。

 

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イギリス近代史講義   川北 稔

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)
川北 稔
講談社
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産業革命を中心としたイギリス社会の変化と発展を取り扱っている。非常に興味深いのは、「イギリス近代史」を、イギリス政府による経済政策や外交政策の視点から解説しているのではなく、一般民衆の視点から解説しているところ。これに伴い、当時のイギリス社会の変化が、上から引き起こされたのではなく、下からの地殻変動によって引き起こされたことを説明している。

さらに、このロジックによって、産業革命も、様々な発明が社会発展を促したのではなく(供給側の主導)、民衆の生活の変化によって社会発展が進んだから、結果的に様々な発明が促された(需要側の主導)という、目からウロコの説明を展開している。

著者のアプローチとして、自身の見解を裏付けるために、個別の歴史的な事象を利用するのではなく、非常に細かいディテールを丁寧に積み上げて、こういう考え方しか成立しないという帰納的な論法によって、こうした「ボトムアップによる変化」という考え方を論証している。もしかしたら、歴史上の出来事のほとんどは、こうした民衆社会からの圧力で引き起こされているのかもしれないという気がした。

 

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国際連盟   篠原初枝

国際連盟 (中公新書)

国際連盟 (中公新書)

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篠原 初枝
中央公論新社
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国際「連合」について書かれた本は、無数にある。しかし、国際「連盟」について書かれた本は、非常に少ない。そういう意味で貴重な一冊。

しかも、創設から消滅までの歴史を丹念に追い、国際連盟内部の事務局や関連機関の活動、外部を取り巻く多国間外交を丁寧に論じている。つまり、新書という形式でありながら、国際連盟についてほぼすべての論点を網羅している。

国際連盟は、世界初の大国間の総力戦となった第一次大戦の収拾と、戦後体制(ベルサイユ体制)の維持のために創設された。しかし、時間の経過と共に、創設当初の意義は各国間で忘却され、櫛の歯が欠けるように組織の強度が失われ、ついに瓦解した。この国際連盟崩壊の過程には、日本も大きな役割を果たしたことを忘れてはならないだろう。

一方、国際連盟の維持と発展には、新渡戸稲造をはじめ、多くの日本人が実質的な貢献したことも、本書では詳しく触れられている。いまから100年近くも前に、国際経験の乏しい日本から多くの逸材が、事務局の内部へ、もしくは外部の代表団へ送り込まれ、英語やフランス語を巧みに駆使しながら、他の列強諸国と渡り合った事実には感動を覚える。

それだけに、国際連盟の瓦解のプロセスには悲しみと怒りを禁じえない。現在の国際「連合」も、国際連盟と同じくらい地味な存在だが、無政府状態の性質を持っている国際社会の中で、こうした常設の多国間外交の仕組みが制度化されている意義は大きい。

そういう意味で、派手な活躍はないが、各国間の摩擦を吸収する安全弁のような役割や、各国間の利害を調整する調整弁のような役割を、休みなく、間断なく果たしている意義は大きい。本書を読んで、この限り無く地味な機関を、ないがしろにしてはいけないと改めて感じた。

 

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ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか   武田善憲

ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか (中公新書)
武田 善憲
中央公論新社
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本書は、とかく複雑怪奇に描写されがちなクレムリンの政策決定プロセスを、きわめてビジネスライクなアプローチで分かりやすく解説している。

大げさな表現もないし、こびを売るような余計な謙遜もない。事実と類推をはっきり分けて書き、どんなに調べても分からないことについては、はっきりその旨断り書きをしている。こういう明晰な文章の書き方は、ただアカデミックな訓練を積んだだけでは難しく、筆者の職業(外務省勤務)によるところが大きいようにも見受ける。

本書は表題通り、外側からは分かりにくいロシアの安全保障政策、経済社会政策を動かしている行動原理ともいえる「ロシアの論理」とは何か解き明かしている。

本書によると、そのポイントは、安全保障上の脅威は執拗に攻撃・排除する、経済界の政治への干渉を絶対に許さない、政府内部にも国民にも法令遵守を徹底的に要求する、経済活動のうち戦略的物資(エネルギーなど)については政府がコントロールする(ロシア財界にも外資にもコントロールさせない)といったところ。

また、この「ロシアの論理」を敷衍する傍論として本書が紹介している諸点のうち、とくに印象に残ったのは、現代のロシアが、安全保障の枢要を押さえるプーチンと、経済社会政策を取り仕切るメドベージェフの二人によって強力に牽引されているということ、

この二人は過去のロシアやソ連のリーダーと違い、西側諸国のリーダーも持つ合理性を重んじる価値観を共有していること、また同時にこの二人は、チェチェン政策やユコス事件などにも見られるように、ロシア政府に対する脅威を排除することにおいては一瞬の躊躇もないほど冷徹で果断な行動力を持っていること、などなどである。

アメリカやEU関係国、日本などの政策プロセスを詳述した良書は多いが、ロシアに関しては、専門書を除いて一般書の中で、そのような文献は、これまであまりなかったような気がする。そういう意味で、本書はそんな間隙を埋める良書である。

一番最後で、日本の北方領土問題に対する公式見解を確認し、外務大臣をヨイショしているところはご愛嬌だが、これもまた筆者が自分の立場(外務書の若手官僚)をわきまえた常識人であることの裏付けとなっており、本書の他の部分の客観的事実に関する記述の正確さを印象づける効果を生んでいる。

 

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