中央公論新社
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本書は、とかく複雑怪奇に描写されがちなクレムリンの政策決定プロセスを、きわめてビジネスライクなアプローチで分かりやすく解説している。
大げさな表現もないし、こびを売るような余計な謙遜もない。事実と類推をはっきり分けて書き、どんなに調べても分からないことについては、はっきりその旨断り書きをしている。こういう明晰な文章の書き方は、ただアカデミックな訓練を積んだだけでは難しく、筆者の職業(外務省勤務)によるところが大きいようにも見受ける。
本書は表題通り、外側からは分かりにくいロシアの安全保障政策、経済社会政策を動かしている行動原理ともいえる「ロシアの論理」とは何か解き明かしている。
本書によると、そのポイントは、安全保障上の脅威は執拗に攻撃・排除する、経済界の政治への干渉を絶対に許さない、政府内部にも国民にも法令遵守を徹底的に要求する、経済活動のうち戦略的物資(エネルギーなど)については政府がコントロールする(ロシア財界にも外資にもコントロールさせない)といったところ。
また、この「ロシアの論理」を敷衍する傍論として本書が紹介している諸点のうち、とくに印象に残ったのは、現代のロシアが、安全保障の枢要を押さえるプーチンと、経済社会政策を取り仕切るメドベージェフの二人によって強力に牽引されているということ、
この二人は過去のロシアやソ連のリーダーと違い、西側諸国のリーダーも持つ合理性を重んじる価値観を共有していること、また同時にこの二人は、チェチェン政策やユコス事件などにも見られるように、ロシア政府に対する脅威を排除することにおいては一瞬の躊躇もないほど冷徹で果断な行動力を持っていること、などなどである。
アメリカやEU関係国、日本などの政策プロセスを詳述した良書は多いが、ロシアに関しては、専門書を除いて一般書の中で、そのような文献は、これまであまりなかったような気がする。そういう意味で、本書はそんな間隙を埋める良書である。
一番最後で、日本の北方領土問題に対する公式見解を確認し、外務大臣をヨイショしているところはご愛嬌だが、これもまた筆者が自分の立場(外務書の若手官僚)をわきまえた常識人であることの裏付けとなっており、本書の他の部分の客観的事実に関する記述の正確さを印象づける効果を生んでいる。