政治・国際時事」カテゴリーアーカイブ

イギリス近代史講義   川北 稔

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)
川北 稔
講談社
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産業革命を中心としたイギリス社会の変化と発展を取り扱っている。非常に興味深いのは、「イギリス近代史」を、イギリス政府による経済政策や外交政策の視点から解説しているのではなく、一般民衆の視点から解説しているところ。これに伴い、当時のイギリス社会の変化が、上から引き起こされたのではなく、下からの地殻変動によって引き起こされたことを説明している。

さらに、このロジックによって、産業革命も、様々な発明が社会発展を促したのではなく(供給側の主導)、民衆の生活の変化によって社会発展が進んだから、結果的に様々な発明が促された(需要側の主導)という、目からウロコの説明を展開している。

著者のアプローチとして、自身の見解を裏付けるために、個別の歴史的な事象を利用するのではなく、非常に細かいディテールを丁寧に積み上げて、こういう考え方しか成立しないという帰納的な論法によって、こうした「ボトムアップによる変化」という考え方を論証している。もしかしたら、歴史上の出来事のほとんどは、こうした民衆社会からの圧力で引き起こされているのかもしれないという気がした。

 

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国際連盟   篠原初枝

国際連盟 (中公新書)

国際連盟 (中公新書)

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篠原 初枝
中央公論新社
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国際「連合」について書かれた本は、無数にある。しかし、国際「連盟」について書かれた本は、非常に少ない。そういう意味で貴重な一冊。

しかも、創設から消滅までの歴史を丹念に追い、国際連盟内部の事務局や関連機関の活動、外部を取り巻く多国間外交を丁寧に論じている。つまり、新書という形式でありながら、国際連盟についてほぼすべての論点を網羅している。

国際連盟は、世界初の大国間の総力戦となった第一次大戦の収拾と、戦後体制(ベルサイユ体制)の維持のために創設された。しかし、時間の経過と共に、創設当初の意義は各国間で忘却され、櫛の歯が欠けるように組織の強度が失われ、ついに瓦解した。この国際連盟崩壊の過程には、日本も大きな役割を果たしたことを忘れてはならないだろう。

一方、国際連盟の維持と発展には、新渡戸稲造をはじめ、多くの日本人が実質的な貢献したことも、本書では詳しく触れられている。いまから100年近くも前に、国際経験の乏しい日本から多くの逸材が、事務局の内部へ、もしくは外部の代表団へ送り込まれ、英語やフランス語を巧みに駆使しながら、他の列強諸国と渡り合った事実には感動を覚える。

それだけに、国際連盟の瓦解のプロセスには悲しみと怒りを禁じえない。現在の国際「連合」も、国際連盟と同じくらい地味な存在だが、無政府状態の性質を持っている国際社会の中で、こうした常設の多国間外交の仕組みが制度化されている意義は大きい。

そういう意味で、派手な活躍はないが、各国間の摩擦を吸収する安全弁のような役割や、各国間の利害を調整する調整弁のような役割を、休みなく、間断なく果たしている意義は大きい。本書を読んで、この限り無く地味な機関を、ないがしろにしてはいけないと改めて感じた。

 

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ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか   武田善憲

ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか (中公新書)
武田 善憲
中央公論新社
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本書は、とかく複雑怪奇に描写されがちなクレムリンの政策決定プロセスを、きわめてビジネスライクなアプローチで分かりやすく解説している。

大げさな表現もないし、こびを売るような余計な謙遜もない。事実と類推をはっきり分けて書き、どんなに調べても分からないことについては、はっきりその旨断り書きをしている。こういう明晰な文章の書き方は、ただアカデミックな訓練を積んだだけでは難しく、筆者の職業(外務省勤務)によるところが大きいようにも見受ける。

本書は表題通り、外側からは分かりにくいロシアの安全保障政策、経済社会政策を動かしている行動原理ともいえる「ロシアの論理」とは何か解き明かしている。

本書によると、そのポイントは、安全保障上の脅威は執拗に攻撃・排除する、経済界の政治への干渉を絶対に許さない、政府内部にも国民にも法令遵守を徹底的に要求する、経済活動のうち戦略的物資(エネルギーなど)については政府がコントロールする(ロシア財界にも外資にもコントロールさせない)といったところ。

また、この「ロシアの論理」を敷衍する傍論として本書が紹介している諸点のうち、とくに印象に残ったのは、現代のロシアが、安全保障の枢要を押さえるプーチンと、経済社会政策を取り仕切るメドベージェフの二人によって強力に牽引されているということ、

この二人は過去のロシアやソ連のリーダーと違い、西側諸国のリーダーも持つ合理性を重んじる価値観を共有していること、また同時にこの二人は、チェチェン政策やユコス事件などにも見られるように、ロシア政府に対する脅威を排除することにおいては一瞬の躊躇もないほど冷徹で果断な行動力を持っていること、などなどである。

アメリカやEU関係国、日本などの政策プロセスを詳述した良書は多いが、ロシアに関しては、専門書を除いて一般書の中で、そのような文献は、これまであまりなかったような気がする。そういう意味で、本書はそんな間隙を埋める良書である。

一番最後で、日本の北方領土問題に対する公式見解を確認し、外務大臣をヨイショしているところはご愛嬌だが、これもまた筆者が自分の立場(外務書の若手官僚)をわきまえた常識人であることの裏付けとなっており、本書の他の部分の客観的事実に関する記述の正確さを印象づける効果を生んでいる。

 

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憲法で読むアメリカ史 <上・下>  阿川尚之

 

憲法で読むアメリカ史(上) (PHP新書)
阿川 尚之
PHP研究所
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この人の著作は別のところでも取り上げたが、もともと弁護士だけあって、話が理路整然としていて、とても分かりやすい。本書は、アメリカ憲法の視点から、アメリカ発展の歴史をひも解いている。

タイトル通り、「憲法で読むアメリカ史」とも言えるが、「アメリカ憲法の歴史」といってもいい内容。新書ではあるが、学術的なクオリティの高さがあり、同時に、私のような素人でも楽しめる分りやすさを兼ね備えている。

本書を読むと、アメリカが本当に、「統合された(United)複数の国(States:州)」であることがよく分かる。連邦国家だから当たり前なのだが、それにしても州の権限が異様に強いと感じるのは私だけか。

とくに建国前後、中央政府(連邦政府)のリーダーたちは、好き勝手やろうとする州政府を相手に、アメリカという主権国家を一つにまとめるのに苦労したようだ。本書では、そのプロセスが丁寧に描かれている。

また、アメリカは今では自由の象徴のような国だが、奴隷制廃止のために大変な苦労をしたことがよく分かった。黒人を人間として見なさないという最低の次元から出発して、徐々に判例を積み上げ、憲法解釈に変更を加え、血と汗と涙、時間と労力をかけて、今のような世界で一番(たぶん)自由で平等な国が形成されたことには、少なからず心を動かされる。

憲法には万人が平等であることが当初から明記されていた。しかし同時に、全く矛盾する現実が横行し、憲法を起草し、擁護する立場の人も、その矛盾に目をつぶっていた。しかし時は流れ、今では黒人が大統領になっている。

オバマさんは今ではちょっと人気が無くなってしまったけれども、あの大統領選挙の日、大統領に就任した日の感動を忘れることはできない。本書を読んで、そんなことを思い出した。

 

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ルワンダ中央銀行総裁日記   服部正也

ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)
服部 正也
中央公論新社
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本書は1972年に初めて出版され、その後しばらく絶版状態になり、中古市場でプレミアム価格で流通していたが、昨年末になって急に再版されたという「いわくつき」の本である。こういう硬派の本で、しかも途上国をテーマにした作品で、こういう経過を辿る本は珍しいのではないか。実際、読んでみて、プレミアムが付くのは当然と思った。大変面白い本である。

まず、あまり途上国とかにあまり興味がない人でも、海外に興味がある人なら、とても楽しめるという意味で、とても面白い本だ。題名はいかめしいし、ちょっと昔の本だから語り口は硬い。でも、あまり深く考えずに読んでも、筆者の筆力なのか、読んでいてたちまち引き込まれる。

また、筆者はもともと日銀マンで、IMFや世銀にも出向した国際金融のプロ中のプロだから、経済や金融に興味のある人にとっても、とても面白い本だろう。ところどころに、マクロ経済や経済政策に関する実践的なナマの分析が出てきて、これもまた引き込まれる。

さらに、当然途上国問題に興味のある人にとっては、夢中になって読める本であることは間違いない。筆者はエコノミストであるだけに、途上国や、そこに住む人々に対する妙な感傷がない。しかし、人間を、人種や民族、経済状況などで分け隔てすることなく、目の前にいる人を等身大で捉えるフェアな観察眼がある。そして、その徹底した公正さの中に、ルワンダの人々に対する深い愛情があることが、こちらにひしひしと伝わってくるのである。

著者は、独立後間もないルワンダで中央銀行総裁の要職を6年間務め、当時の大変な政治的混乱、経済的貧困の中で、経済政策の立案と執行に辣腕を振るった。そして、この任務を通して、大統領や財務大臣をはじめとする国の指導者、ルワンダ駐在の外国企業や外国商人、ルワンダの商人や農民を相手に、無数の対話と意見交換を重ねてきた。当然、そこから引き出される筆者のルワンダ社会の分析、また途上国社会の分析は、素人目から見てもすこぶる切れ味が良い。

1994年の大虐殺についても、今回の改訂で筆者の補論が付いた。これに対しては、最近の出来事でもあるので、さまざまな書評がネット上にも載っているが、私は個人的に、一般の見方と違ったこういうユニークな分析があってもいいのではないかと思う。

94年の事件に対する大方の見解は、加害者の残虐性を非難する主旨のものが多いが、著者は、長い歴史の中で、ルワンダでは双方の民族が互いに虐殺しあってきた経緯があり、双方ともにそれなりの非があるという大局的な見方をしている。現場を良く知る人は、こういう大局的な見方をすることが多く、一方だけを批判したり、支持することが少ない。筆者の見方も、そういう現場を直接見た人に独特の落ち着いた趣が感じられる。

いずれにしろ、本書は960円なのだが、それ以上の価値があることは疑いない。プレミアムが付いていたのは当然と思わされる濃い内容である。

 

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