服部 正也
中央公論新社
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本書は1972年に初めて出版され、その後しばらく絶版状態になり、中古市場でプレミアム価格で流通していたが、昨年末になって急に再版されたという「いわくつき」の本である。こういう硬派の本で、しかも途上国をテーマにした作品で、こういう経過を辿る本は珍しいのではないか。実際、読んでみて、プレミアムが付くのは当然と思った。大変面白い本である。
まず、あまり途上国とかにあまり興味がない人でも、海外に興味がある人なら、とても楽しめるという意味で、とても面白い本だ。題名はいかめしいし、ちょっと昔の本だから語り口は硬い。でも、あまり深く考えずに読んでも、筆者の筆力なのか、読んでいてたちまち引き込まれる。
また、筆者はもともと日銀マンで、IMFや世銀にも出向した国際金融のプロ中のプロだから、経済や金融に興味のある人にとっても、とても面白い本だろう。ところどころに、マクロ経済や経済政策に関する実践的なナマの分析が出てきて、これもまた引き込まれる。
さらに、当然途上国問題に興味のある人にとっては、夢中になって読める本であることは間違いない。筆者はエコノミストであるだけに、途上国や、そこに住む人々に対する妙な感傷がない。しかし、人間を、人種や民族、経済状況などで分け隔てすることなく、目の前にいる人を等身大で捉えるフェアな観察眼がある。そして、その徹底した公正さの中に、ルワンダの人々に対する深い愛情があることが、こちらにひしひしと伝わってくるのである。
著者は、独立後間もないルワンダで中央銀行総裁の要職を6年間務め、当時の大変な政治的混乱、経済的貧困の中で、経済政策の立案と執行に辣腕を振るった。そして、この任務を通して、大統領や財務大臣をはじめとする国の指導者、ルワンダ駐在の外国企業や外国商人、ルワンダの商人や農民を相手に、無数の対話と意見交換を重ねてきた。当然、そこから引き出される筆者のルワンダ社会の分析、また途上国社会の分析は、素人目から見てもすこぶる切れ味が良い。
1994年の大虐殺についても、今回の改訂で筆者の補論が付いた。これに対しては、最近の出来事でもあるので、さまざまな書評がネット上にも載っているが、私は個人的に、一般の見方と違ったこういうユニークな分析があってもいいのではないかと思う。
94年の事件に対する大方の見解は、加害者の残虐性を非難する主旨のものが多いが、著者は、長い歴史の中で、ルワンダでは双方の民族が互いに虐殺しあってきた経緯があり、双方ともにそれなりの非があるという大局的な見方をしている。現場を良く知る人は、こういう大局的な見方をすることが多く、一方だけを批判したり、支持することが少ない。筆者の見方も、そういう現場を直接見た人に独特の落ち着いた趣が感じられる。
いずれにしろ、本書は960円なのだが、それ以上の価値があることは疑いない。プレミアムが付いていたのは当然と思わされる濃い内容である。