アダム・スミス-『道徳感情論』と『国富論』の世界  堂目卓生

アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)
堂目 卓生
中央公論新社
売り上げランキング: 4860


本書は、アダム・スミスの代表作『国富論』と、あまり有名でない『道徳感情論』の二つの著作の意味合い、文脈をブリッジすることを試み、それによってアダム・スミスの人間観、市場観、国家観を鮮やかに描き出すことを主題にしている。

ちなみに、私は両方とも原書を読んでいない。しかし、本書の著者が言いたいことは、ほぼ理解できたように思う。これも、筆者の力量によるものだ。テーマは難解だが、説明の仕方が分かりやすい。

一方、本書で紹介されているスミスの人間観については、やや意外な感じがして驚いた。本書では、スミスは、人間は他人に「同感」する性質を持っており、自分にしてほしいと思うことを他人にしてあげ、自分にしてほしくないことは他人にもしない傾向を持っており、これが社会秩序を形成し、ひいては市場を通じて秩序だった経済発展が達成される、ということを言っている。

従来の類書で展開されるスミスの世界観というのは、人間は利己的な存在である、しかしその利己的な欲求も市場の交換機能というフィルターを通すと、自分の欲求を追求することによって(たとえば金儲け)、他人の欲求を充足する(たとえばサービスの供与)ことが可能となり、すべての人間が自分のことしか考えていないのに、社会全体の経済発展が達成される、というものだったような気がする。― この点において、本書は新しい視点を提供している。

他方、純粋に面白く読み進んだ箇所は、後半の『国富論』の歴史的背景。スミスが『国富論』の執筆を進めていた時期は、アメリカ独立戦争とフランス革命がそれぞれ同時進行していた時期と重なる。そんな背景から、本書は、『国富論』がアメリカ独立戦争に関する英国政府への政策提言としての側面を持っていたことを裏付けている。

この節では、英国が米植民地を抱え込んだ場合と、分離独立させた場合の英国社会に対する経済効果のシュミレーションなども紹介されており、とても面白い。スミスが経済理論に関心を持っていたから経済学者となったというよりも、人間と社会に関心を持っていたから経済学者になったのだという想像力も膨らむ。

 

[`evernote` not found]