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アダム・スミス-『道徳感情論』と『国富論』の世界  堂目卓生

アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)
堂目 卓生
中央公論新社
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本書は、アダム・スミスの代表作『国富論』と、あまり有名でない『道徳感情論』の二つの著作の意味合い、文脈をブリッジすることを試み、それによってアダム・スミスの人間観、市場観、国家観を鮮やかに描き出すことを主題にしている。

ちなみに、私は両方とも原書を読んでいない。しかし、本書の著者が言いたいことは、ほぼ理解できたように思う。これも、筆者の力量によるものだ。テーマは難解だが、説明の仕方が分かりやすい。

一方、本書で紹介されているスミスの人間観については、やや意外な感じがして驚いた。本書では、スミスは、人間は他人に「同感」する性質を持っており、自分にしてほしいと思うことを他人にしてあげ、自分にしてほしくないことは他人にもしない傾向を持っており、これが社会秩序を形成し、ひいては市場を通じて秩序だった経済発展が達成される、ということを言っている。

従来の類書で展開されるスミスの世界観というのは、人間は利己的な存在である、しかしその利己的な欲求も市場の交換機能というフィルターを通すと、自分の欲求を追求することによって(たとえば金儲け)、他人の欲求を充足する(たとえばサービスの供与)ことが可能となり、すべての人間が自分のことしか考えていないのに、社会全体の経済発展が達成される、というものだったような気がする。― この点において、本書は新しい視点を提供している。

他方、純粋に面白く読み進んだ箇所は、後半の『国富論』の歴史的背景。スミスが『国富論』の執筆を進めていた時期は、アメリカ独立戦争とフランス革命がそれぞれ同時進行していた時期と重なる。そんな背景から、本書は、『国富論』がアメリカ独立戦争に関する英国政府への政策提言としての側面を持っていたことを裏付けている。

この節では、英国が米植民地を抱え込んだ場合と、分離独立させた場合の英国社会に対する経済効果のシュミレーションなども紹介されており、とても面白い。スミスが経済理論に関心を持っていたから経済学者となったというよりも、人間と社会に関心を持っていたから経済学者になったのだという想像力も膨らむ。

 

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「愚直」論 私はこうして社長になった  樋口泰行

「愚直」論  私はこうして社長になった
樋口 泰行
ダイヤモンド社
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これまで日本ヒューレット・パッカード、ダイエーの社長を歴任し、現在は日本マイクロソフトの社長を務める樋口泰行さんという方の著書である。これだけ多くの大企業のトップを歴任しておきながら、まだ51歳である。本書のタイトルは、まさにご自身が「愚直」な歩みをしてこられたことをアピールしているような感じだが、本当にそうなのかという興味を抱いて読み始めた。

最初の勤務先での松下電器・溶接事業部での苛烈な業務、ハーバードでのMBA取得に至る苦闘、BCGで過労で勤務中に卒倒した話などなど、ふつうの人ならここまでやらないというエピソードが目白押し。樋口さんは、どこかのインタビューで、自分の苦労は苦労のうちに入らないと言っていたが、やはりかなりの苦労であるように思う。

そして、読み終わっての感想は、こうした苦難から逃げず、それにひたすら「愚直」に取り組んで乗り越えてきたという点が、本書のエッセンスなのだと感じだ。かいつまんで言えば、ビジネス上の知識やテクニックも必要だが、それよりも大切なのは、目の前のことから逃げずに、愚直に取り組むことだということだろうか。

こう書くと、誰でもこうした方法論を実践できそうだが、現実は厳しい。多くの場合、気がつけば嫌なことからは身をかわし、できるだけ悪いことが起きないよう祈りながら、日々の仕事をこなすので精一杯というのが現実なのではないだろうか(私を含め)。

また、苦難から逃げず、それに愚直に取り組むのは、一時的に可能かもしれないが、長期的に凄まじい圧力にさらされれば、多くの場合、体を壊したり、精神的に磨耗して、戦線離脱ということもあるだろう。愚直に努力することは貴いが、それができなくなるほど心や体が摩滅してしまうということは、誰にとっても起き得ることではないだろうか。

そういう意味で、著者のキャリアの歩みは簡単に真似できるものではないことを知ると同時に、「目の前のことから逃げない」ことが大切だということを、改めて思わされた貴重な一冊でした。手(グー)

 

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