日中国交正常化   服部龍二

 

人間関係においても、お隣さん、とくに職場などで、身近な人と良好な関係を築いておくことは、毎日の気分だけでなく、自分の将来にも影響を与えかねない大事なポイントだろう。ましてや、国家間の関係となれば、隣国というのは、好き嫌いに関係なく、未来永劫ずっと隣に密着しているわけだから、付き合い方を間違えば、お互い高度のストレスを与え合う関係となり、最悪の場合、互いの存続に関わる国家安全保障上の問題に発展する。

日中関係というのは、かつては中国側の政権が日本を圧迫したことも何度かあったが、20世紀の前半においては、日本が中国へ侵攻し、その国民の生命と財産を蹂躙したことは、否定できない事実である。

たしかに、日本が中国や朝鮮半島に進出した背景には、欧米列強が進出したため、日本も時流の波に乗って共に侵略側に回らないと、逆に侵略の対象となる恐れがあったことは事実だ。しかし、中国側から見ればそんな日本の事情はどうでもよいわけで、自国を蹂躙された事実は揺るがない。日本政府もこの点については、言葉遣いは様々だが、繰り返し公式に認めてきた。

日中関係を、非常に乱暴なたとえで表現するならば、いじめっ子といじめられっ子の関係に例えることができる。いじめっ子は、いじめられっ子のことをすぐに忘れてしまうが、いじめられっ子はいじめっ子のことを、一生忘れない。

たとえば、日本にとって原爆投下は鮮烈な記憶だが、米国にとっては科学技術史の単なる一コマにすぎない。そんな非対称な意味合いにおいて、中国側の苛烈な憎悪が続く中、戦後の日中国交正常化のプロセスは始まった。

本書を読んで非常に印象的だったのは、そんな中国側の感情を、中国政府の交渉責任者の周恩来が、ときに中国国民を代表して率直かつ明確に表現しながらも、決して交渉を決裂させないように、たくみに交渉の流れををコントロールしながら、交渉妥結に持っていったプロの政治家としての抑制的な態度である。さらに、院政を敷く国民的英雄・毛沢東の同意も引き出した卓越した政治力にも驚嘆せざるを得ない。

そして、「加害者」側の日本政府においても、泰然自若を絵に描いたような圧倒的なスケール感の田中角栄と、緻密で知的な大平正芳、そして知恵と知識、さらに官僚離れした歴史観と政策構成力を兼ね備えた外務官僚が、常人であれば心身に変調をきたすほどの緊張の連続のなかで、表面的な言葉の応酬と、底流に流れる利害関係を冷静に把握しながら、交渉を妥結にまで持っていった高度な資質には舌を巻くばかりである。

本書を読んで感じ入ったのは、いじめっ子も、いじめられっ子も、感情に流されず、冷徹な知性と利害関係の計算で交渉を乗り切った忍耐力である。死活問題を左右する外交関係の処理には、そんな知的資質が最も大切だと言ったら、こんなタイミングだから嫌味になるだろうか・・・。

 

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